ベアーと、ヨブのお話。
【解説】
計画と実行(着手)の間には、今日も冷たい風が吹く。
最初に、私なりに『計画』と『着手』を定義しておくと、
計画というのは手軽にできるデスクワークの部類だ。
私の例で言うと、スケジュールを決めたり、マニュアルを作ったり、エゴサーチしたり、絵の練習動画をみたり、資料を集めたり、これが計画の領域である。
実行は、すると決めたことに着手すること。客観的に認められる成果物を作ること。
漫画を書く、ペン入れをする、ブログを書くというのが着手の領域だ。
私の例で言うと、
スケジュールを決めたり、マニュアルを作ったり、エゴサーチしたり、絵の練習動画をみたり、
資料を集めたりするのが計画の領域であり、
漫画を書く、ペン入れをする、ブログを書くというのが着手の領域だ。
ジャンルは仕事や勉強、掃除、家計簿、旅行などさまざま。
計画というのは曲者だ。
もちろん、物事をしっかりと行うために計画を立てることは重要だ。
しかし、計画をいくら綿密に立てたところで、
着手というステップに移らなければ物事は決して進まない。
畑のきゅうりが、食べごろであるピークを過ぎると、
大きくなりすぎ、くそまずくなっていく。
そして、計画というのも、あっという間に飽和点にたどり着き、
そこを過ぎると、立てれば立てるほど内容が薄くなり、
生産性ゼロゾーンに突入する。
しかも計画を立てるという行動は、実質がほとんどないくせに、やったという感覚は味わえる。
前進はしていないのに、前進感、進捗感だけはやたらと味わえる。
ということは、進んでないのに、もうトランス状態かってぐらいに熱中しているのに不毛な反復。
イメージとしてはこんな感じだ。
(引用:魔法陣グルグル 衛藤ヒロユキ)
気付けば、この永遠の計画ループの罠にとらえられて、
いつまでも時間と体力を浪費し続けてしまう。
それが計画の恐ろしさなのである。